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あれは漫才なのか、という批判に対して【M-1グランプリ】

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あれは漫才なのか、という批判に対して【M-1グランプリ】

あれは漫才なのか、という批判に対して

2020年12月20日に行われたM-1グランプリで優勝したマヂカルラブリーや、1stステージを1位で突破したおいでやすこがの漫才に対して、あれは漫才なのか?という批判が噴出している。

 

まず私の見解を記しておこう。

あれは紛れもなく漫才だ。

 

漫才にこうあるべき、という形なんてないはずで、各々が思う漫才が漫才であると思う。

Wikipediaによれば昔の漫才は音曲を使用するものが主流だったようだから、時代によって王道すらも変わるのだろう。

さらにいえば、全くウケないしゃべくり漫才より、独自の漫才で大爆笑をかっさらうコンビの方が、少なくともM-1グランプリという舞台では正義だと思う。

 

 

それを踏まえたうえで、あれは漫才なのか?という批判がなぜ起こるのか?

 

批判の要因として、やはり去年のM-1グランプリの影響が大きいと思う。

 

2019年のM-1グランプリ

2019年のM-1グランプリがミルクボーイ、かまいたち、和牛を中心としたしゃべくり漫才をメインに伝説的な回となった。

 

確かに去年のM-1グランプリは死ぬほど面白かった。

 

ミルクボーイという伏兵の登場と、決勝常連のかまいたち、和牛の敗者復活からぺこぱが最終決戦に食い込むという、予想だにしなかったドラマがあった。

そこにはトップバッターのニューヨーク屋敷の最悪や!という心の叫びや、オズワルドや見取り図、からし蓮根、すゑひろがりず等々といった縁の下の力持ちの存在もあった。

あの時の奇跡のような舞台は図らずも様々な要因が複雑に絡み合った偶然の産物であることを忘れてはならない。

 

それを無視してしゃべくり漫才だけを期待して見れば、確かに物足りないコンテストに映ってしまうだろう。

自分が見たいものしか漫才として認めない、という視聴者のエゴを感じてしまうのは私だけだろうか?

 

さらにいえば、かまいたちは2019年がM-1ラストイヤーだったし、和牛も結成は少し遅いがかまいなちと同期であり、そういったベテラン勢が盛り上げたからこその伝説回だったと思う。

だから視聴者が自然とM-1グランプリは「しゃべくり漫才であるべきだ」 という思いをもってしまうのも無理はないのかもしれない。

 

しかし、昨年のM-1というハードルを一旦除外し色眼鏡を外してフラットな目線で見れば今年も十分に面白い大会だった。

むしろ、去年あれだけしゃべくりがウケたからこそ、去年とは違うスタイルの漫才が際立ち、一層面白く見ることができたと思う。

 

また、本名不在と言われる中、どのコンビにも優勝のチャンスがあったからこそ、よりワクワクして楽しめる大会でもあった。

 

これからのM-1グランプリについて

M-1にもおそらく周期があると思う。

個人的な予想としては、見取り図、ニューヨーク、オズワルド、東京ホテイソン、準決勝組で言えば、ニッポンの社長、ロングコートダディ、ダイタク、ゆにばーすあたりがもっと力をつける頃、2022年、2023年あたりのM-1は2019年に勝るとも劣らない輝かしい大会になるのではないかと期待している。

 

そして、その時にはまた無名の伏兵が登場し、さらにM-1グランプリを盛り上げてくれるのではないかと期待している。