生活のこと

飽きることを前提に生きていく

飽きることを前提に生きていく

飽きっぽい、ということは少なくとも現代においては悪いことではなく、それを受け入れたうえで、飽きることを前提に生活していく方がいいよね、というお話です。

 

飽き性という性質

私は自他ともに認める飽き性です。

同じ仕事をし続けるのは苦痛だし、洋服もどれだけいい服を買っても飽きて新しいものが欲しくなってしまったり、同じような毎日に退屈さを感じてしまう質(たち)です。

 

しかし、それを明確に自覚できるようになったのは、ここ数年のことのような気がします。

ある日を境に急に自覚的になったわけではないですが、堀江貴文氏の「多動力」はきっかけの1つになったような記憶があります。

細かい内容までは覚えていないのですが、飽きっぽいということは現代においては武器になる、というような主旨のことが書いてあったような気がします(間違ってたらごめんなさい。なにぶんもう3,4年も前の話なのでうろ覚えです)。

 

飽き性はそもそも悪いことではない

自覚するまでは、うすうす自分が飽きっぽいことには気づいていながらも、それが悪いことのような気がして素直に受け入れることができなかった、というのが正直なところです。

プライドの塊のような性格だったので(今でもたぶんにその要素はありますが)、自分の非を認めることができなかったんですね。

 

でも時代の流れもあって、飽きっぽいことが決して悪いことではないということを意識できるようになってからはずいぶん生きやすくなったように思います。

飽きっぽいから会社勤めだとなかなか条件が折り合わないだろうということで、独立するという選択肢を選ぶのに背中を押してくれたし、それで実際独立してからの方が会社員時代よりも公私ともに充実するようになりました。

 

飽きっぽさと仕事の相性

また、独立してからも、毎年毎年同じような仕事の繰り返しにならないような仕事をできる限り選ぶようにしています。

また、1つの仕事でスケジュールを埋め尽くさないよう、いくつか仕事を回して、都度気持ちがリフレッシュされるように気を付けています。

その方が精神衛生上うまくいくし、自分の能力をより発揮しやすくなったように思います。

 

とにかく仕事は飽きてくるとつまらなく感じる頻度が高くなり、仕事=苦痛、となりやすいので、今は非常に気をつけてスケジュールを組むようにしています。

 

この飽きっぽさはプライベートにおいても同じで、できる限り飽きがこないように、そして飽きがきても良いように対策をとっています。

 

飽きっぽさとプライベート

高い洋服を買わなくなり浪費が減った

まずは冒頭に記載した洋服について。

以前は、高くて良いものは向こう何年も着たり身につけたりする事ができるから、という理由で、時々買ったりすることがありましたが、最近は高額なものを買う事は滅多にありません。

最近購入するファッション関連のアイテムは、ユニクロやH&M、ZARA等といったファストファッションのものか、メルカリやラクマ等のフリマアプリ、あるいはラグタグやトレジャーファクトリー等の中古専門店で購入する古着ばかりです。

私の場合は、良いものを着たい、という思いがほとんどないことに気づき、それよりも同じような服装をずっとし続けて刺激が物足りない、と感じることの方が多いことに気づきました。

 

したがって1着10万円する服を買うより1万で10着買う方が圧倒的に満足度が高いです。

以前は無理して少しいい服を買ったり、良いカバンを買ったりしたこともありましたが、自分を良く知り、自分の性質を素直に受け入れたことで無駄な浪費をしなくて済むようになったと思います。

 

自分を良く知ることの重要性

今回は飽き性について書きましたが、まずは自分を良く知ることが非常に重要だということがわかります。

そしてそれを素直に受け入れる事、それがより幸福で充実した人生を送るためのエッセンスだと思います。

 

これからもそういう気付きを1つ1つ積み重ねてQOLを高めていければと思います。